ウサギはなぜ嘘を許せないのか?/マリアン・M.ジェニングス

ウサギはなぜ嘘を許せないのか?/マリアン・M.ジェニングス
ウサギはなぜ嘘を許せないのか?/マリアン・M.ジェニングス
ウサギはなぜ嘘を許せないのか?/マリアン・M.ジェニングス

薄い本なのですぐに読み終わります。
今までに腐るほどあった教条主義的な寓話本と何も変わりません。

この本を読んで感動したり涙を流したりする人がいるそうです。
私はどちらかというと苛立ちを覚えました。

現実の社会では、主人公のように「嘘を吐かない、正直に生きる」人が最後に報われたり、不正を働いていい思いをしてきた人たちが最後に不正がばれたりすることは、ほとんどありません。
(まれにばれるのでニュースになるのです。)

この本を読んで「嘘を吐かない、正直に生きる」人生を選ぶ読者もいるでしょう。
でも、その選択を喜んでいるのは不正を働いていい思いをしてきた人たちです。
彼らは自分以外の人間が不正を働いていい思いをするのは望んでいないからです。

必要なのは、個人の信条に訴えることではなく、社会の仕組みとして不正がやりにくくすることであり、「嘘を吐かない、正直に生きる」人が確実に報われるようにすることだと思います。

  1. 2007/06/29(金) 23:59:59|
  2. 経済・ビジネス|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

イン・ザ・プール/奥田英朗

イン・ザ・プール/奥田英朗
イン・ザ・プール/奥田英朗
イン・ザ・プール/奥田英朗

面白かっです。
こんなことならもっと早く読めばよかったと思いました。

「深夜のプールに忍び込みたいと思ったこと、ありませんか?水泳中毒、ケータイ中毒、持続勃起症…ヘンなビョーキの博覧会。」
忍び込みたいと思ったのは精神科医の伊良部ほうでしたよね。
ヘンなビョーキとありますが、実社会では意外とたくさんいるような気がします。

どの短編もラストがハッピーエンドというかありきたりな終わり方なのがちょっと不満です。
欲を言えばもうひとひねりほしいところです。

次は「空中ブランコ」にしようかな?
  1. 2007/06/27(水) 23:59:59|
  2. 一般小説|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

発明マニア/米原万里

発明マニア/米原万里
発明マニア/米原万里
発明マニア/米原万里

「打ちのめされるようなすごい本」は500ページ以上ありましたが、この本も2段組で500ページ弱あって、読み終わるのに時間がかかりました。
「発明マニア」ということで、本当に実現可能なアイデアとか本当に役に立ちそうなアイデアとかが出てくるわけではりません。
むしろ、政治問題や環境問題などを肴に毒舌や苦言を呈するのが目的のようです。
あとがきにもありますが「遺族のわがまま」で連載時の内容をそのまま全部収録したそうです。
しかし、残念ながら119件もあれば「はずれ」の作品もあるわけで、面白いものだけに厳選して半分ぐらいにしたほうが、読みやすくて印象にも残ったと思います。
  1. 2007/06/25(月) 23:59:59|
  2. エッセイ・対談|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

物は言いよう/斎藤美奈子

物は言いよう/斎藤美奈子
物は言いよう/斎藤美奈子
物は言いよう/斎藤美奈子

フェミコード(FC)とは言動がセクハラや性差別にならないかどうかを検討する基準だそうです。

「フェミコードは政治的な運動ではないし、ましてや宗教上の戒律ではないから、意識のありようまではとやかくいわない。極端な話、心の中で「このブス」と思っていようと「このクソババア」と毒づいていようと、全然かまわないのである。」
つまり、発言者の意識という本質的な問題はうっちゃっているわけです。

そこで、本質的な問題としての「フェミニズムとはなにか」が一般人には理解されていない、というところが問題になってくるのでしょう。

あとがきに
「この本は、評論でもエッセイでもなく実用書である。」
とありますが、まさにそのとおりだと思います。

フェミニズムの思想としても運動としても一般人との隙間が大きくなっている現状であればこそ、こういう実用書が必要になってくるだと思うのです。
  1. 2007/06/23(土) 23:59:59|
  2. 文芸|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:0

地球のためにわたしができること/枝廣淳子

地球のためにわたしができること/枝廣淳子
地球のためにわたしができること/枝廣淳子
地球のためにわたしができること/枝廣淳子

だまされてはいけません。
うさんくさいにおいがプンプンしてきます。


おかしな話がたくさん出てきます。
イメージだけで地球環境を考えているからこんなおかしな本ができてしまうのです。


・「風で織るタオル」は「やさしい」タオル?

「化学肥料や農薬を使わないで、自然の力を生かして綿花を栽培。
糸が切れないように、機械のスピードを半分ぐらいに落とす。
化学染料や柔軟仕上げ剤などの、科学薬剤も使わずに仕上げげます。」

ふーん、そうなんだ。でも、その続きがおかしいです。

「オーガニックコットンのタオルは、手間も時間もかかる。
だから大量生産のタオルよりは、どうしても値段が高くなる。
でも、ふんわりと、とってもやさしい。」

化学肥料や農薬を使わないで自然の力を生かしているなら「手間」はかからないはずでしょ?
科学薬剤も使わないならその分安くできるんじゃない?
柔軟仕上げ剤を使わないから「ふんわり」とはならないんじゃないの?
なにが「やさしい」の?誰に「やさしい」の?


・「いらない携帯が資源に変わる」の欺瞞

「平均的な携帯電話の買い替え期間は十八ヶ月とか。
機械としては、七年は問題なく使えるそう。」

だったらすぐに買い替えるのではなく、七年は使いましょうとなぜ言わないの?

「回収されたケータイはリサイクル工場に運ばれ、
含まれている金属を取り出す作業が行われます。」

つまりこれが、つぎの新しい携帯に使われるわけでしょ?
なんで携帯メーカーの仕事のお手伝いをユーザーがしなきゃいけないの?
新しい機種はいりません、新しい機能はいりません、今の携帯で十分です、となぜ言わないの?


・「100万人のキャンドルナイト」の中途半端な行動

「冬至と夏至の夜、二時間だけ電気を消して、
ろうそくの灯りでスローな時間を楽しもうとう呼びかけです。」

なぜ「二時間」なの?
「電気」も「ろうそく」も消して、二時間早く寝て次の日は二時間早く起きましょう、と言ったほうがずっと意味も効果もあるはずでは?


ちょっと読んだだけでもこんなおかしな話が延々と続きます。


だまされてはいけません。
うさんくさいにおいがプンプンしてきます。

[地球のためにわたしができること/枝廣淳子]の続きを読む
  1. 2007/06/21(木) 23:59:59|
  2. エッセイ・対談|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

アリはなぜ、ちゃんと働くのか/デボラ・ゴードン

アリはなぜ、ちゃんと働くのか/デボラ・ゴードン
アリはなぜ、ちゃんと働くのか/デボラ・ゴードン
アリはなぜ、ちゃんと働くのか/デボラ・ゴードン

副題には「管理者なき行動パタンの不思議に迫る」とあります。
アリが社会性を持つ昆虫であることは知られていますが、中央集権的ではなく管理者がいないという事実には驚きました。
「女王アリ」はいますが、彼女は人間社会の女王とは違い、他のアリに命令を出すことはしないそうです。

訳文が硬く、ほとんど直訳です。
昆虫学者の観察記録がほとんどなので読んでいても退屈です。

エピローグでは著者の考察があり、最後に訳者で生物学者でもある池田清彦氏の解説が載っていますが、ここだけ読めば本文は読まなくてもいいかもしれません。
著者がネオダーウィニズムの考え方でアリ社会を考察しているのに対し、訳者は構造主義生物学という立場で研究成果を考察しています。

それでなくて退屈な内容なんだから、後出しジャンケンみたいに解説で著者を批判する暇があったら、訳文を何とかしろよといいたくなります。
  1. 2007/06/19(火) 23:59:59|
  2. 科学・技術|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

打ちのめされるようなすごい本/米原万里

打ちのめされるようなすごい本/米原万里
打ちのめされるようなすごい本/米原万里
打ちのめされるようなすごい本/米原万里

『米原万里全書評1995‐2005。絶筆となった壮絶な闘病記』
書評というのはさらりと読めるのがいいところなのですが、これだけの分量を一度に読まされるとさすがに疲れます。
「壮絶な闘病記」とありますが、米原万里さんの場合は医者とのトラブルの記録でもあります。

書籍の選定から書評の内容まで左翼思想に偏った「濃い内容」です。
一部と二部に分かれていますが重複した内容があるのが興ざめです。

自身の癌治療に関係した内容もありますが、自分に直接かかわる問題だけに冷静には書けなかったようです。
癌治療の方針について担当医師と議論になると「当方の治療方針に異議を唱える方はもうこなくて結構です」と、追い返されてしまったそうです。

人間はいつかは死ぬものですし、日本人の病死の多くが癌であることを考えると、どこかで諦めも肝心かとも思いました。
  1. 2007/06/17(日) 18:20:08|
  2. 文芸|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

「かわいい」論 /四方田犬彦

「かわいい」論 /四方田犬彦
「かわいい」論 /四方田犬彦
「かわいい」論 /四方田犬彦

「かわいい」といわれてうれしい人もいますが、「かわいい」よりも「きれい」といわれたい人とか、なかには「それれはセクハラよ!」と怒り出す人もいます。
上野千鶴子は「かわいい」とは『女が生存戦略のためにずっと採用してきた媚態である』と決め付けているそうです。
ことばは生き物なのに、こんなふうに概念を固定してしまっては、対話さえも拒否しているかのように思えます。

でもこの本はそういう話題は少なくて、メディアが送り出す「かわいいさ」とは何かとか、それを受け取る側の意識とかが中心となっています。
「せーラームーン」とか「ポケモン」とか「ハローキティ」などの「かわいい」キャラクタが、日本だけではなく外国ではどのように見られているかがわかります。

いまどきの大学生に「かわいい」についてのアンケートを行った結果が紹介されています。
このアンケートの設問と回答例で、「『きもかわ』とは何でしょうか」に対して「焼き鳥の品目の一種か?」というのには笑えました。
「かわいい」と同様に「きもかわ」や「萌え」もメディアではよく見かけますが、まだ一般な概念を表すことばとしては認められていないような気がします。

ちょっと気になったのですが、エピローグで著者は、アウシュヴィッツ収容所内の壁に発見した「かわいい」仔猫の絵や、怪物に変身する「グレムリン2」を紹介してますが、いまいちその真意がわかりません。
  1. 2007/06/15(金) 23:59:59|
  2. 文芸|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

街角のオジギビト/とり・みき

街角のオジギビト/とり・みき
街角のオジギビト/とり・みき
街角のオジギビト/とり・みき

とり・みきの「愛のさかあがり」でオジギビトを見たのはもう20年も前のことです。
そのときからずっとオジギビトの収集は続けれられていたのです。
今、そのオジギビトの進化?の歴史を見ると不思議な感慨を覚えます。

オジギビトは基本的にはイラストですが、カリカチュアの程度にかなり幅があります。
ほとんど記号化されてしまったものからかなりリアルなものまで、いろいろなバリエーションへと分化と進化を繰り返してきたのです。
中には実際の作業員の写真を印刷したものもありますが、これは逆に場違いな感じがします。

ちなみに著者の名前は「とり・みき」であって「とりみき」ではありません、念のため。
  1. 2007/06/13(水) 23:59:59|
  2. サブカルチャー|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

小川洋子対話集/小川洋子

小川洋子対話集/小川洋子
小川洋子対話集/小川洋子
小川洋子対話集/小川洋子

小川洋子さんの本は小説より対談や講演の本のほうが印象に残っています。
小説を書くことは孤独な作業なのでその人となりは作品にしか表れませんが、対談や講演では小川洋子さんがどんな人なのかを、相手とのコミュニケーションでの身振り・表情・声までもが、雄弁に物語っているような気がします。


「岸本佐知子*妄想と言葉」
女の子同士の会話みたいで楽しそうです。
翻訳家だそうですが話に出てくるエッセイの方が読みたくなりました。

「江夏豊*伝説の背番号『28』と言葉」
阪神ファンの小川洋子さんのはしゃぎぶりが伝わってきます。
「博士の愛した数式」にどうして江夏さんを登場させたのかを作者自身が説明しています。

「五木寛之:生きる言葉」
70才を過ぎていらっしゃるそうですが説教臭いのが気になります。
最近の日本人の考え方がお気に召さないようですが、単にピントがずれているだけような気もします。
  1. 2007/06/11(月) 23:59:59|
  2. エッセイ・対談|
  3. トラックバック:2|
  4. コメント:1
次のページ